江別市のはじまりは明治4年、宮城県の桶谷領からやってきた農民(21戸76人)が、 この土地で生活を始めたことがスタートだとされています。
そして7年後の明治11年、さらに屯田兵(10戸56人)が移住し始め、
それがきっかけとなり同年、明治政府から開拓使府令が布達され、江別村となったのです。
さらに大正5年には江別町に昇格となったのですが、
主な理由としては、各地から屯田兵が入地し、
計画的な開拓がすすめられたためだと言われています。
そしてついに、昭和29年に市制が施行され、江別市の誕生となりました。
昭和30年代後半から40年代にかけては、
江別市は札幌市の人口集中の影響を受け、人口が急激に増え始めます。
さらに、昭和24年に開学の酪農学園大学をはじめとした、教育施設の立地、
道立図書館、道立教育研究所、そして江別市第一工業団地の整備などによって、
江別市は道央圏の中核都市としての地位を築きあげたのです。
その後、平成3年、人口は10万人を突破、平成16年には市制施行50周年を迎え、 近年平成18年4月の人口数は、約12万3千人、5万1千世帯とまでなりました。
こうした江別ですが、実はレンガの生産率は日本でも一位だといわれています。

【江別市のレンガ造りの市営住宅】
江別市は別名「レンガの町」とも言われ、
町の中には自慢の赤いレンガを使った歩道、小学校、市営住宅から、
電話ボックス、バスの停留所、駅前にはレンガの噴水などがあります。

【バス停までが、レンガ造りになっているところも】
札幌市では「サッポロビール工場」や「北海道庁旧庁舎」もこのレンガが使われています。
そもそもれんがの町となるきっかけは、「江別太煉化石工場」にあるとされ、
当時の北海道は、各地で建造物の素材にれんがが大量に使われ、
れんが工場もたくさんあり、その中心が野幌だったのです。
しかし、創業の時代が落ち着いていくと、
それに比例してれんが工場の数も次第に減っていき、
野幌は現在道内で、唯一のレンガ生産地となりました。
そして、今では、そのレンガの生産量は日本一となっているのです。
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